福岡高等裁判所 昭和35年(ラ)173号 決定 1960年9月05日
抗告人 申請人 白石正輔 外一名
訴訟代理人 岩野稔
相手方 被申請人 北川勇吉 外一名
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
一、抗告の趣旨及び理由は別記のとおりである。
二、(1) 申請の要旨
抗告人らの本件仮処分申請の理由は、その疎明資料を参酌すれば、(一)抗告人ら及び相手方らは、いずれも水産業協同組合法(以下法と略記する)により設立された奈留町漁業協同組合(以下組合と略記する)の組合員である。相手方らは、昭和三五年三月三一日組合総会において、組合の理事に選挙され、現在相手方北川勇吉は組合長、平川徹美は専務理事の地位にある。(二)しかし、相手方らはいずれもつぎの理由により、組合の理事となりうる資格がない。すなわち、相手方らは、法第四四条第二項但し書の規定による役員の改選請求に基いて招集された昭和三四年一一月八日の組合臨時総会において同条同項但し書所定の違反を理由として解任され、これに対し、法第一二五条第一項の規定により長崎県知事に解任議決取消の請求がなされたが、同知事は、昭和三五年二月二三日右請求を却下し、右解任決議は確定した。組合の定款第三一条によれば、役員の任期は三年で、法第四四条の規定による全員の改選によつて就任した役員の任期は、前任者の残りの期間とし、定員の補充または法第四四条第二項但し書の改選によつて就任した役員の任期は、現任役員の残りの期間と定められているので、前示知事の却下処分の取消がないかぎり、相手方らは、現任者の残りの期間である昭和三六年六月までは、組合の理事となりうる資格はないと解すべきである。(三)したがつて、相手方らが組合総会において理事に選挙されても、その選挙当選は無効であり、相手方らは組合の理事ではない。それ故、抗告人らは相手方両名に対し、理事資格無効確認並びに職務停止請求の訴を提起しているが相手方らには、原決定の申請要旨四の(1) から(5) に記載してあるような不正行為があり、本案判決の確定をまつていては、組合は、相手方らの不正行為により回復しがたい重大な損害を被るので、本件仮処分を求める。(四)なお、抗告人らは、昭和三五年三月三一日の組合総会の選挙による相手方らの当選に対し、法第一二五条第一項所定の取消の請求をしていないが、右選挙による当選が当然無効な場合は、監督行政庁に対し取消の請求をなすまでもなく、直ちに裁判所に無効を前提とする権利関係の確認等を求めて、出訴しうると解すべきであるというにある。
(2) 原決定の要旨
ところで、これに対し原審は、法には中小企業等協同組合法第五四条のような規定を欠く反面、法第一二二条ないし第一二七条のような組合に対する行政庁の監督規定を設けてあること、及びこれら一連の規定特に第一二五条の立法趣旨は、組合の内部的紛争たる総会の決議や選挙の効力の存否について、直接裁判所によつて純法律的にこれを確定させるよりも、まず、日常その監督にあたり、組合の実際上の運営その他の諸般の情勢に精通している監督行政庁に、合目的的にこれを確定させることの方が、組合の健全な発展を期する上において、むしろ望ましいという点にあるので、少くとも同条の明定する場合、すなわち総会の招集手続、議決の方法または選挙が法令等に違反する場合に当るかぎり(もつとも総会の決議や選挙が全く不存在と目される場合は、しばらくおく)、組合員は、同条の定める要件に従つて、まず監督行政庁にその取消を求めるべきであり、直接裁判所に対しその取消請求の訴を提起できないものと解すべきであると説示した上、本件仮処分の本案訴訟は、昭和三五年三月三一日の組合総会における選挙が監督行政庁の処分に違反することを理由として、抗告人らが組合のために、相手方両名の理事に当選の効力を争い、その無効であることを前提として、右両名の理事たる資格の不存在確認を求め、さらに両名に理事としての職務執行の停止を求めるものであるから、かかる場合、抗告人らは先ず、法第一二五条所定の要件を具備して、監督行政庁に対しその救済を求むべく、これをしないで直ちに裁判所に訴求し得ないので、本件仮処分申請は許すべきでないとして却下したことは、原決定に徴して明らかである。
(3) 当裁判所の判断
(一) 法第一二五条は水産業団体法施行令第一九条の二を修正継受した規定で、第一二五条はその規定により明らかなように、総会、選挙が存在することを前提とし、その総会招集の手続議決の方法または選挙が法令等に違反する場合は、総組合員の一〇分一以上の組合員は、監督行政庁に対し議決または選挙もしくは当選の取消を請求しうることを明定し(いわゆる少数組合員権の規定)ているので、したがつてこの請求があつたときは、監督行政庁は同条の規定に従い請求認容(取消)または請求拒否(却下)の行政処分をなすべく、この行政処分に対しては、行政事件訴訟特例法により裁判所に出訴しうるものと解すべく、その反面、同条の適用を受けるかぎりにおいては(いわゆる形式的違法の場合は)、各組合員はたんに組合員たる資格に基いては、監督行政庁に対してはもとより、裁判所に対しても、議決または選挙もしくは当選の取消を求め得ないものとすべきであるが、総会の決議の内容または選挙が法令等に違反し、ために決議または選挙がその本然の効力を生じない場合、及び法律上もしくは事実上存在しない総会においてなされ、またはなされたとする決議、選挙が形式上有効であるかのように存在する場合においては、その決議、選挙は取消をまつまでもなく、当然無効であるから、前示少数組合員はもちろん各組合員は、訴の利益存するかぎり、決議、選挙の当然無効ないし不存在を主張しもつて、現在の権利または法律関係の存否確認もしくは給付の訴を提起し得べく、法第一二二条ないし第一二七条の規定の存することは、なんら右の論結を妨げるものではない。
抗告人らが論旨三点ないし五点において論ずるところは、当裁判所の前説示と異なり、にわかに組みし難い見解であるけれども、抗告人らは、相手方両名に対し理事選挙、当選そのものの無効確認を訴求するものではなく、理事選挙の当然無効を主張し、これを前提として、相手方両名が組合理事たる資格を有しないことの確認及びその職務執行の停止を求める訴を本案訴訟として、抗告の趣旨記載の仮処分を求めるのに対し、原審が前摘記のように説示して、たやすく、本件仮処分申請を却下したのは、抗告人らの仮処分申請の趣旨を正解せず、ひいて法第一二五条の解釈適用を誤つたものといわなければならない。
(二) よつて以下本件仮処分申請の当否について考察する。組合理事の選挙、当選の当然無効を理由として、所論のとおり各組合員が、当該理事の資格不存在確認を訴求しうるかは、しばらくおいて、相手方両名を理事に選任した選挙が当然無効であるかどうかを考えるに、組合役員に、法第四四条第二項但し書の違反あることを理由として役員改選の請求がなされ、この請求に基いて招集された総会において、その役員が同条同項但し書違反を理由として解任を議決され、これに対する法第一二五条第一項の解任議決取消の請求が、監督行政庁から却下され、却下処分が確定したとしても、それは、監督行政庁において、役員の解任を議決した組合総会の招集手続または議決の方法が、総会の決議を取り消すに値する程の法令、法令に基いてする行政庁の処分ないし定款に違反するとは認めなかつたにとどまり、解任された役員が現任役員の任期の残りの期間中に役員に就任することを禁止するの効果を有するものではないので、その後組合総会において現任役員の任期の残りの期間中、被解任役員を改めて役員に選挙し、選挙管理者は同人を当選者と定めることを妨げないのである。法及びその関係法令、抗告人ら提出の組合定款、組合役員選挙規程その他疎明資料を精査しても、抗告人ら主張のように、被解任役員が現任役員の任期の残りの期間中は役員に選挙されうる資格を有しない旨の規定は存しない(抗告人らが援引する定款第三一条は、補充または改選によつて就任した役員の任期を定めた規定で、被解任役員が現任者の任期の残りの期間中に役員に就任することを禁ずるものではない。)ので、昭和三五年三月三一日組合総会で、相手方両名を理事に選任した選挙は当然無効であるから、両名は組合の理事たる資格を有しない旨の主張は採用に値しないので、これを前提とする仮処分申請の理由は採用のかぎりでない。
(三) 相手方両名に抗告人ら主張のような不正行為があり、組合は相手方らの不正行為によつて回復しがたい重大な損害を被るおそれが現存すると仮定した場合においても、相手方両名を理事に選任した選挙が無効でないことは、前説明のとおりである以上、抗告人らがたんに組合員であるという資格だけでは(本件組合の組合員は一、五〇〇余名で、抗告人らのみでは後記少数組合員を構成しないことは疎明によつて、一応認定できる。)、相手方らがそれぞれ組合の組合長、専務理事としての職務の執行を停止することを求めることはできないと解すべきである。けだし、組合総会における選挙が法令等に違反することを理由として、監督行政庁に対しその選挙もしくは当選の取消を請求するには、総組合員の一〇分の一以上の少数組合員の同意を要し(法第一二五条第一項)、役員に法令等の違反あることを理由として、その役員の改選の請求をなすにも総組合員の五分の一以上の少数組合員が連署し、その代表者から組合理事に対してなすことを要し(法第四四条)、中小企業等協同組合法のように、各組合員に総会の決議の取消または無効を訴求し、理事の行為差止を請求しうることを明定する規定(同法第五四条、第四二条)のない法に基く漁業協同組合においては、いわゆる少数組合員権の行使により、仮処分をもつて組合理事の職務執行を停止しうることあるは格別、各組合員はたんに組合員であるという資格だけでは、理事の職務執行停止の仮処分を求めることはできないといわなければならない。
抗告人らが抗告理由において主張するところは、以上の説示を妨げるものではないので、論旨につき逐一判断するまでもなく、本件仮処分申請は、この点において却下を免れない。
(4) 結論
原審の説示は、当裁判所の見解と異るけれども、本件仮処分申請を却下した終局の判断は結局相当である。よつて抗告を理由なしと認め、民訴第九五条第八九条第九三条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿島重夫 裁判官 秦亘 裁判官 高石博良)
抗告の趣旨及び理由
抗告の趣旨
原決定を取消す。
一、抗告人が被抗告人に対し提起した本案判決の確定に至るまで被抗告人北川勇吉は奈留町漁業協同組合の組合長理事としての被抗告人平山徹美は同漁業協同組合の専務理事としての職務を夫々行つてはならない。
二、被抗告人等の保管にかかる同漁業協同組合及び理事を代表する印章を執行吏の占有保管に移す。
三、抗告人が委任した執行吏は右命令の趣旨を執行するため適法な方法をとり且つ被抗告人が之に違反したときは之を阻止することが出来る。
抗告の理由
一、原決定は理論に不明瞭な点がある。所謂公法的色彩云々の議論は公法人であるか、私法人であるかを論ずる場合の基準であつて私法人たる奈留町漁業協同組合につき之を論ずるは無用の議論である。従来、この議論は法人の設立又は管理について国家公権力の加わるものは公法人であり、然らざるものは私法人とする学説に対し公法人的色彩の濃淡により之を区別し訴願前置主義の理論を構成するために用いらるる議論である。けれども奈留町漁業協同組合は私法人であつて公益と私益の混交あるにより民事法人にも非ず営利法人にもあらざる(勿論民法組合でもない)法による中間的法人格が附与せられたものであつて、この種の中間的組織体として消費生活協同組合法(昭和二三年法二〇〇号)農業協同組合法(昭和二二年法一三二号)水産業協同組合法(昭和二二年法二四二号)中小企業協同組合法(昭和二四年法一八一号)等が制定せられた、而して之等組合法人は行政優位の観念から生じたものでなく強力な資本主義の圧迫から此等組合員の保護助長を目的とするため創出せられたものであることは乃ち、消費組合法第一条この法律は国民の自発的な生活協同組織の発達を図りもつて国民生活の安定と文化の向上を期するを目的とする、農業協同組合法第一条この法律は農民の協同組織の発達を促進し以て農業生産の増進と農民の経済的社会的地位の向上を図り併せて国民経済の発展を期するを目的とする。中小企業協同組合法第一条この法律は中小規模の商業、工業、運送業、サービス業その他事業を行うもの、勤労者、その他の者が相互扶助の精神に基き協同して事業を行うため必要な組織について定め、これらの者の公正な経済活動の機会を確保し以つてその自主的な経済活動を促進し且つその経済的地位の向上を図ることを目的とする、水産業協同組合法第一条この法律は漁民及び水産加工者の協同組織の発達を促進し以つてその経済的社会的地位の向上と水産業の生産力の増進を図り国民経済の発展を期するを目的とする、とあり公法主義の色彩は全然なく個人利益の発展を目的としている。
三、抗告人は資格無効の訴を提起したのであり勿論水産業協同組合法第一二五条の規定と競合してその孰れを適用しても差支ないと主張するのである。之に対し裁判所は行政優位の理論を以つてするのは前掲趣旨によつて失当である。
四、水産業協同組合法第一二五条と同趣旨の規定は、消費協同組合法第九六条、農業協同組合法第九六条の規定がある、原審は、水産業協同組合法が中小企業等協同組合法第五四条の如き規定をしてなかったことを強調して商事法又は民事法適用を排斥していると論ずるが同法は、中小企業等協同組合法以前の立法であつてこれを知らなかつたに過ぎない。
五、抗告人の主張するのは、資格訴訟であり資格訴訟は、当選無効の訴訟にも含まれる場合があるけれども資格訴訟は一応確定した資格についても提起し得るものなることは、A参衆院議員は公職選拳法第二〇八条の効力に対する訴訟の外、憲法第五五条による資格訴訟あり。B地方公共団体の議員は、公職選拳法第二〇六条の当選の効力を争う権利を有する外、自治法第一二七条の資格決定を求め得る、これによるも観念上当選訴訟と資格訴訟の競合を許すのであり唯、此等議員の重責に鑑み特別の保護をなしているに過ぎないのであつて当然無効の身分資格まで行政庁の審査をまつ必要はないのである。
六、抗告理由につき原審の記録を援用する。疎明方法 原審記録。